傀儡の恋
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「勝手な行動をとって申し訳ありません」
ラウは二人に向かってこう言う。
「気にするな。私が言いたかったことを先に言ってくれて助かった」
カガリはそう言って笑った。
「あいつがあそこまで馬鹿だったとは本当に、いつぶん殴ってやろうかと思っていたよ」
何であれと付き合っていたのか。そう彼女は続ける。
「戦後のあれこれが目をくらませていたんだな、きっと」
そう言えるカガリは、ある意味、意識が高揚しているのだろう。
逆に一言も言葉を口にしないキラは落ち込んでいるのではないか。
カガリの方は放っておけば落ち着くはずだ。
問題は、と心の中でつぶやきながら視線をキラへと向ける。
「仕方がないでしょうね。彼の場合、おそらくですが、自分の基準の範囲内にいる者は全力で守るでしょうから」
以前の彼のように、そう続けながらラウはそっとキラの顔をのぞき込む。
「私が君を『守る』と言ったのは、迷惑でしたか?」
そして、静かにこう問いかける。その瞬間、彼は少し驚いたように目を見開いた。だが、すぐに首を横に振ってみせる。
「ならば良かった」
ラウはそう言って微笑む。
「もっとも、私の実力では役者不足だろうがね」
「そんなこと、ありません!」
キラが即座にラウの言葉を否定する。
「何もできないのは僕の方です」
僕は壊すことしかできない、とキラは小声で付け加えた。
なぜ、彼がそう言うのか。それは間違いなく自分の言葉のせいだろう。
それがうれしいと今も感じている。
彼の中に自分の爪痕がしっかりと残されているのだ。
同時にこのままではいけないとも思う。
キラの中に自分の爪痕があるのは問題ない。問題があるとすれば、この不安定さだ。
それが彼が自分を殺したせいだと言うことは想像に難くない。
その上、先ほどのアスランの言葉が拍車をかけているのだろう。おそらく、どちらかだけであればきっと、ここまで不安定にならなかったはずだ。
だからといって、今のキラに自分の正体をばらすわけにもいかない。
難しい問題だ。そう心の中でつぶやく。
自分の存在をばらすとしても、どこまで話すかだ。
やはり、あの男にしたのと同じ説明をするしかないのだろう。記憶を持っているだけで本人ではないと言えば、キラの気持ちも少しは楽なのではないか。
そのあたりのことはアークエンジェルに戻ってからバルトフェルド達に相談するしかないだろう。今でもいけ好かない男ではあるが、キラ達に対する保護欲だけは信じられる。
「少なくとも、キラの存在で救われている人間がここにいる」
だから、とラウは続けた。
「君は壊すだけではなく救うことも守ることもできる。アスランの言葉に惑わされる必要はない」
彼のあれは子どもの捨て台詞と同様だ。さらに言葉を重ねた。
「だから、君は君を本当に大切に思ってくれている相手の言葉だけを覚えていれば、それでいい」
違うか、とそう続ける。
「その人達が、間違っていたら?」
「一人ならあり得るかもしれません。ですが複数いれば誰かがストッパーになってくれます」
「そうだな。私が失敗してもお前やラクスが止めてくれるだろう?」
カガリもそう言ってうなずく。
「ともかく、帰ろう? ミリィはどうする?」
言葉と共に彼女は視線を背後に向ける。
「一緒に行くわ。そうすれば、もう、あれと顔を合わせなくてすみそうだもの」
肩をすくめながらミリィと呼ばれた少女が言葉を返してきた。
「それに、そちらの人のことも聞かないとね。特にキラとの関係を」
にこやかな表情の裏に侮れないものを感じたのはどうしてか。ラクスと同じにおいを感じてしまったラウだった。